須磨海浜公園

須磨海浜公園(松林の公園)

須磨海岸の東に位置している公園です。赤灯台+シーパル須磨から須磨水族園までの間のスペースが松林で囲まれた公園や休憩所となっており、須磨海岸の中でも広いスペースを占めています。トイレ×2、変な形のアベック用ベンチ、休憩所、バスケットボールのゴール、時計台、多目的広場、第2駐車場、石碑、須磨住友別邸跡の正門門柱などがあります。

トイレが2つあります。

中央にあるトイレは最近整備されてキレイです。シーパル須磨の東側横にもトイレがありますがこちらはちょっと暗いので夜に行くにはちょっと勇気がいるかもしれません。トイレ自体はキレイですが松林に囲まれているので暗く感じます。

ストリートボール(バスケット3on3用)と大時計

このスペースにはストリートボール用のバスケットゴールが1つがあります。中学や高校生がよく遊んでいます。
大時計は神戸商工会議所の設立100周年記念 1978年(昭和55年)12月となっていますので今年2018年なので40年前のものですね。

白波ベンチと言われているちょっと変わった形のベンチ

白い波型のベンチです。アベック用にはぴったりですが一人で寝っ転がっても結構気持ちいいいです。須磨水族園のすぐ前にあるので水族園にいる「あざらし」「あしか」「せいうち」のどれかだとは思いますが「ブォー」という鳴き声が聞こえます。アシカショーのアナウンスや歓声もたまに聞こえてきます。

中納言 在原行平の歌碑

平安時代初期から前期にかけての貴族・歌人の在原 行平(ありわら の ゆきひら、弘仁9年(818年) – 寛平5年7月19日(893年9月6日))がこの須磨を歌った歌碑があります。

わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶと答へよ
立ち別れ いなばの山の 峰の生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

中納言 在原行平

立ち別れ いなばの山の みねにおふる まつとし聞かば 今帰り来む 『百人一首』第16番

須磨住友別邸跡の正門門柱

シーパル須磨の東隣には須磨住友別邸跡の正門門柱があります。海べりにも少し別荘だった名残を見ることも出来ます。
この門柱は、別荘地・須磨の象徴的存在であった須磨住友別邸の正門門柱です。

明治26年、住友家当主であった住友吉左衛門友純(春翠)が須磨の海辺に土地(現在の須磨海浜公園)を求め、須磨住友別邸を建て、須磨の別荘地開発の草分けとなりました。
その後、多くの財界人が風光明媚な景勝地である須磨に移り住み、大正時代には、この海浜一帯にも別荘が立ち並びました。

1903年(明治36年)に竣工した洋館(新館)は、大阪府立中之島図書館などを手掛けた技師・野口孫市によって設計され、館内には、黒田清輝、クロード・モネなどの数々の名画が飾られていました。
住友吉左衛門友純は、その後も隣接地を買い増し、敷地は広大なものとなりました。
その後、住友家は別邸跡を神戸市に寄贈し、1951年(昭和26年)、須磨海浜公園として整備されました。

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多目的広場・多目的小広場

須磨住友別邸の正門門柱の跡地は多目的広場となっています。季節やイベントによっては駐車場になります。たまにちょっとした運動会やイベントも開催されています。